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中央銀行は三度「インフレの幻」に敗れるのか?

2009 年 6 月 23 日 9:00 AM

「米国年内利上げ再開」を織り込む動き
 金融市場ではこのところ久方ぶりに「インフレ懸念」が盛り上がり始めています。3月以降の株式市場の戻り、景気底打ち期待、米英両国の量的金融緩和などの思い切った政策、そして気がつけば30ドル割れから70ドル/バレルまで戻っている原油価格・・・これらの現象を目の前にして債券市場はかなり荒れています。

 米国では昨年末2%そこそこまで下がった長期金利(10年国債利回り)が4%まで上がり、6月5日にはついに「年内利上げ再開」を織り込むに至りました。量的緩和を実施した米英の中央銀行も、「出口戦略」という「インフレの芽が出る前にいかにして量的緩和政策を終わらせるか」を重視していることを強調し始めており、市場参加者の大勢はもはや「景気後退は終わり」、「デフレではなくインフレの心配をすべき」というスタンスを取り始めています。

ストレス・テストの結果を好感・・・?
 率直に申し上げて、筆者は「年内利上げなどとんでもない」と思っています。金融システムの状況はまったく改善していないどころか、足元でも悪化が続いている可能性が極めて高く、これが日本の「失われた10年」同様に、かなり長い間デフレ圧力として効いてくると考えているためです。

 しかし、どうも多くの人はその辺を軽視しています。「景気はV字回復だし、5月に発表されたストレス・テストの結果でも米国の銀行は大丈夫だと分かったし、健全行は既に公的資金を返済し始めている」というのが彼らの主張です。「量的緩和なんていう『危険な』政策をこのまま続けていたら酷いインフレになるに決まっている、早めに手を打たないと大変なことになる」と考えているようです。

なぜか6月にピークを打つ長期金利
 筆者にとってはこういう「景色」を見るのは3年連続です。昨年も、一昨年も、なぜか4月から6月にかけてインフレ懸念が盛り上がり、それによって金利が上がり、結局金利上昇に経済が耐え切れず、秋以降大変な状況になってしまう、という事態が続いています。

 一昨年は、もうサブ・プライム問題が表面化し、不動産価格も頭打ちになってきているにもかかわらず、原油価格上昇によるインフレを気にしてFRBは6月まで金利を上げ続けました。結果は秋以降の「サブ・プライム・ショック」です。

 昨年は「ベア・スターンズ救済」で金融システムには安心感が戻り、景気指標も改善しているものがいくつか見られるという楽観論に加え、またぞろ原油価格がかなり上がりだしたということで「早期利上げ観測」が発生して6月にかけて長期金利がかなり上がりましたし、ECB(欧州中央銀行)は7月に利上げまでやりました。これが「リーマン・ブラザーズ破綻」につながり、ここまで物凄いことになってしまっています。

 今年も同じパターンで、今のところは来ています。しかも今回の場合は金利の上がり方がかなり強烈です。なぜ春先にインフレ懸念が盛り上がるかは今後研究の余地がありそうですが、筆者はまた同じことになる可能性がかなり高いと見ています。

インフレに対するたくさんの「誤解」
 なぜこんなに(少なくとも筆者にとっては)不要なインフレ懸念が盛り上がるのか、筆者なりに考えてみると、どうも多くの人のインフレが起こるメカニズムに対する理解がお粗末だからであるような気がしてきます。

 まず「原油価格上昇=インフレ」という図式ですが、これは1970年代のオイルショックの記憶がありますので、おいそれとはなくなりません。原油価格が上がれば確かにインフレ効果はあります(当たり前ですね)が、オイルショックの頃と現在とでは決定的に違う点があります。それは、70年代は「集団就職」に代表される農村から都市への労働力移動がどの先進国でも限界に達してストップしており労働力不足の状態にあって、実はショックが発生する前からインフレが始まっていたのです。

 現在の状況はまったく違います。中国やインドの先進国の人々と比べて非常に安い賃金で働いてくれる人がまだまだたくさんいて、ディスインフレがずっと進行しています。そのためもあって世界の資金がだぶつき、そうした資金が投機マネーとなって資源の値段を押し上げ、それが若干インフレ率を押し上げているに過ぎません。

 また、オイルショックの時は原油価格が急騰した後で設備投資が激減し、生産性が急激に下がり、これがインフレをいっそう押し上げました。しかしながら今回の場合はもともと世界中どこもかしこも過剰設備の状態から始まっています。モノづくりが比べ物にならないくらい簡単になっているのです。インフレには非常になりにくいのです。

 次に、「国債が大増発されている、そのうち買い手がいなくなるので金利が上がり、ひいてはインフレになる」という意見もたくさん聞きます。これも不正確です。たとえば日本は90年代に史上まれに見る国債増発をしましたが、金利も上がりませんし、インフレには程遠い状況です。

 最終的にインフレになるかならないかは、国債を増発した国の国民のやる気次第のところがあります。インフレになった国、たとえばアルゼンチン、トルコ、ブラジルのような国は、たいてい国有企業がどうしようもなく、その赤字を埋めるために国が国債を発行して外国から借金をするというパターンです。その返済は、国の発展とともに国有企業が利益を出すことができるようにならない限りムリですが、実際にはまったくダメでしたので、誰もお金を貸さない状態となり、大インフレとなりました。結局、これらの国は国有企業をなかば諦め、外資を導入して国をだんだんと発展することができるようになり、税収が増えたのでこの10年くらいでようやく普通の金利でお金を借りられるようになっています。

 米国や日本の場合はそこまで深刻ではありません。海外から借金をしても(日本の場合は世界最大の債権国ですからなおさらです)お金を稼いで返すことができます。米国の経常収支もここ1年ほどでかなり改善してきています。
 また、今回の増発の際の買い手は、国内の銀行中心になると思います。体力が弱っている銀行が、貸し倒れが発生する可能性のある相手先に貸すよりも、最も安全な資産=国債への投資を増やすというのは日本の例から見ても明らかです。そうしている間にコツコツと収益を稼ぎ体力を回復し、国債を売って貸し出しを増やすころには、米国の国債残高も減り始めるというストーリーが描けます。
 そして、このストーリーはまぎれもない「デフレ・ストーリー」です。「インフレなんてとんでもない」と筆者が考えるのは、米国当局も米国民も、このストーリーの方向に動いていると見ているからです。

 もちろん、インフレ・ストーリーも描けないわけではありませんが、それをやると米国は基軸通貨の地位を失うことになります。しかし現実的には米国に代わって基軸通貨国になれるような国はまだ存在していませんので、それは認められないと考えるのが妥当です。

 以上のように考えると、おそらく今年も「6月のインフレの幻」が再び景気を冷え込ませる・・・、その可能性が高いと筆者は見ています。夏場以降の景気は要注意です。

グローバル債券ファンドマネージャー 鈴木 英寿

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