量的緩和でインフレ?
このところ、またぞろ原油価格や金価格といった「商品価格」が上がってきています。昨年7月の1バレル=145ドルから30ドルあまりまで大暴落した原油価格は、足元で80ドルまで上がってきました。
また金価格は史上最高値を更新中です。金は伝統的に「インフレヘッジ」に使われてきましたので、これが上がると「インフレ」を連想する人は多いです。
巷では、こうした「インフレ」は昨年のリーマン・ブラザーズ破綻の後、各国の中央銀行が「超金融緩和」を行っているため、これが直接の原因であるという意見も多く聞かれます。米国のFRB(連邦準備制度理事会)もユーロ圏のECB(欧州中央銀行)も英国のBOE(バンク・オブ・イングランド)も日銀も、今のところすぐに金融引き締めに転ずることはないと表明していますが、こうした各国中央銀行の「ハト派」的な姿勢が今後いっそうのインフレを招く可能性が高い、そう信じている人もそれなりにいるようです。
「出口戦略」-豪州の利上げ開始
こうしたインフレを恐れている人々は、10月8日に実施された豪州の利上げを受けて、さらにいっそう懸念を強めているようです。
リーマン・ブラザーズ破綻以来、ほとんどの国で大幅な金融緩和が続いてきましたが、3月以降の「株高」と「景気回復」を受けて、豪州が主要国の先陣を切って利上げに動きました。巷では、今回の「利上げサイクルの開始」は「世界経済の景気回復の号砲」、「インフレ懸念の本格化」といった文脈でとらえられることが多いようです。こうした見方をする人々は、株式市場が3月以降ほとんどの市場で50%以上の上昇となる中、このまま各国が金融緩和を続ければ、爆発的なインフレを招くリスクがあり、また資産市場がバブル化する可能性があると心配しています。
「量的緩和」=「インフレ」は必ずしも正しくない
ただ、こうした見方をとるのは市場の中でも「強気派」に属する人々です。強気派の特徴は、「世界の金融システムが非常に傷んだままである」という事実は無視、あるいは軽視し、景気下落の勢いが弱まりつつあることや、様々な「先行指標」が上向きになっていることを好感する、というものです。こうした人々はそもそも、世界経済の状況が「量的緩和」を含めた超金融緩和が必要なほど悪くはないと見ており、3月以降の株高やゴールドマン・サックスやJPモルガン・チェースといった「投資銀行の史上最高益」は、「金融緩和のやり過ぎ」によるものだと考える傾向があります。
一方の「弱気派」は金融システム問題を非常に重視しており、日本の「失われた10年」のような長期低迷が世界規模で再現する可能性を気にしています。日本でも「失われた10年の間」であっても50%程度の上昇を見せた局面が、実は3回(92~93年、95~96年、98~2000年)もありましたが、それらはいずれも「景気循環的に」景気が回復した局面に過ぎず、その後は当然ですが循環的に景気は下降し、悪いことにそうなると景気の底の局面よりもさらに一段と下げてしまい、結局長い目で見ると下がり続けるということになりました。
こうした「長期低迷」の最大の原因は「銀行システム」の修復が遅々として進まなかったためで、「国民のお金が銀行にたくさんある」にもかかわらず、それを「銀行の体力が落ちているので、リスクを気にして貸し出しを増やせない」という状況に陥りました。結果としてお金が大量に余り、金利は人類史上まれに見る水準まで低下したわけです。
インフレ/デフレは銀行の体力次第
筆者の見立てでは、世界の金融システムの状況は90年代の日本と同様か、それ以上に悪いです(要するに、筆者は上記の「弱気派」に属しています)。こうした状況では「量的緩和」は必要不可欠だと思います。そして、「弱気派」の立場から見ると、「量的緩和がインフレを招く」という見方は必ずしも正しくない、というか現時点の状況下では「間違っている」と言って差し支えないとさえ思われます。
「量的緩和」というと、中央銀行がとにかくお金を刷っているようなイメージがありますが、実際はかなり違います。確かに中央銀行はいつもよりも大量にお金を作り出していますが、そのお金は私たちのような「普通の人々」や、一般の事業を営む「会社」に直接配られるわけではありません。仮にそうであれば、世の中はほぼ間違いなくインフレになると思うのですが、実際のところお金を手にしているのは「銀行」だけです。
中央銀行が量的緩和をしても、そのお金を受け取った銀行が、さらにそのお金を貸し出したり、何かに投資するために使ったりしない限りは、経済に有効に使われるお金が増えることは絶対にありません。したがって、「量的緩和がインフレを招くかどうか」は全て「銀行がどういう行動をとるか」にかかってきます。
その銀行は、繰り返しになりますが、筆者の見立てではとても貸し出しを増やせるような状況ではありません。米国ではいまだに住宅ローンの支払遅延、それに伴う住宅の差し押さえが増え続けており、既に今年の銀行倒産件数が99行(10月16日現在)にのぼっています。これは全米の銀行数が約7,000行と日本の状況とはかなり違うということを考慮に入れても物凄い破綻数です。
以上のように考えると、「インフレ懸念」は行き過ぎである可能性が高いと筆者は判断します。考えてみれば、普通の人々も普通の会社も中央銀行と直接取引きすることはできませんので、これは至極当たり前のことです。ただ、多くの人は勘違いしています。現実としてはむしろデフレがどんどん進行しています。仮に各国中央銀行が豪州に追随して引き締めに走れば、インフレどころではなくデフレが大問題になる可能性の方が高いでしょう。
グローバル債券ファンドマネージャー 鈴木 英寿